あけの語りびと

七夕豪雨で流れた伝統をつなぐ、女性「鬼師」

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梅雨時ほど、雨をしのぐことが出来る「屋根」の有難みを感じる時期はありません。日本家屋の屋根といえば、本州では「瓦葺き」が一般的です。

今回は、地域の瓦文化の復活を目指して、鬼瓦を作る職人さん、「鬼師」になった女性のお話です。

長澤玲奈さん

長澤玲奈さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

サッカーや水産業で有名な静岡県静岡市の清水区には、「巴川」という川が流れています。巴川は清水湊、今の清水港と水運で結ばれ、多くの産業が発達しました。なかでも、川沿いにいくつも建ち並んだ煙突のある工場で作られていたのは「瓦」です。

巴川流域はきめの細かい粘土に恵まれていたことから、駿府城建築の折、徳川家康から呼ばれた三河の瓦職人さんが定着。昭和40年代までは「清水瓦」として、日本三大瓦とされる三河の「三州瓦」、石見の「石州瓦」、そして淡路の「淡路瓦」に匹敵するくらいの生産を誇ってきました。

梅雨空の巴川

梅雨空の巴川

ところが、今から50年あまり前の七夕の夜、一晩で508ミリの大雨が静岡を襲います。のちに“天の川をひっくり返した”とも云われた「七夕豪雨」で、巴川は大氾濫。川沿いにあった瓦を焼く窯は、跡形もなく流されて、工場の多くは廃業に追い込まれ、やがて「清水瓦」の名は、地元でも知る人がほぼいなくなってしまいました。

そんな清水で、瓦を屋根に施工してきたお店「長澤瓦商店」の三代目、長澤玲奈さん・26歳も、「清水瓦」を知らずに育った一人でした。でも、瓦のことが大好きなお父様から昔は「清水瓦」というものがあったと聞いたことで、瓦への興味が湧いて、多くの人に「清水瓦」を知ってほしいと考えます。

さっそく玲奈さんは、粘土を使って若い女の子にも喜ばれそうなペンダントを作ってみますが、どうにもうまくいきません。形にはしてみましたが、家族からは酷評の嵐でした。

店内の様子

店内の様子

「これは子供の粘土細工なの? 河原で拾ってきた石かと思った」

そう言われ悔しさでいっぱいになった玲奈さんは、気持ちに火が着いて決意します。

「もっと粘土のことを知らなくちゃダメだ。私、鬼師になる!」

「瓦」の職人さんは、担い手が大きく四つに分かれるそうです。「粘土の職人」さんに、大きな工場で瓦を焼く「瓦職人」さん、そして、出来た瓦を屋根にのせて仕上げる「瓦葺き職人」さん、さらに大きな家の角に据え付ける「鬼瓦」を、粘土彫刻によって作り上げる「鬼師」です。

長澤玲奈さん

長澤玲奈さん

2020年、「鬼師」になるため、三州瓦の本場・愛知県高浜市の職人さんのもとに弟子入りした玲奈さんは、最初の課題にびっくりします。それはなんと、自分の顔をデッサンして、粘土で作り上げるというものでした。顔の筋肉の位置、頬の膨らみまで、忠実に再現することが求められました。続いて、実際に鬼や、風に揺れる「植物」を描いて粘土で造形をしながら、瓦に求められる「曲線」の作り方を体で覚えていきました。

そして、2年あまりが経った頃、思わぬ形で玲奈さんは初仕事に臨むことになります。仕事の依頼をしてきたのは、瓦葺き職人のお父様でした。

「玲奈、そろそろ作れるよな。もう、大きな鬼瓦の仕事、取ってきちゃったから」

新しく設けた窯の前にて長澤玲奈さん

新しく設けた窯の前にて長澤玲奈さん

まだ修業の身だと思っていた玲奈さんですが、お客様がいる以上やるしかありません。出来る限りの力と技を振り絞って、体当たりで初めての鬼瓦を作り上げました。そして、お父様の施工で玲奈さんにとっての初めての鬼瓦は、無事屋根に据え付けられ、お客様も大いに喜んでくれましたが、お父様はこんな言葉をかけました。

「いいか、鬼瓦は見た目がきれいなだけのものじゃないんだよ。次からは瓦葺き職人が工事しやすいように作ってくれよ」

今も時々、愛知の師匠を訪ねて腕を磨きながら、お父様から現場の声を聞いて、「鬼師」としての道を一歩ずつ歩んでいる玲奈さん。去年9月には、巴川沿いに念願の窯を設けた「長澤瓦商店」のお店を開きました。

瓦アロマストーン

瓦アロマストーン

今、窯で焼き上げているのは、瓦用の土に清水の土をブレンドして作っている小物やアクセサリーです。

「まずは若い世代にも瓦が身近なものになって欲しくて、その拠点として店を構えました。今人気なのは、瓦のアロマストーンです」

瓦は、吸水性によって結露の原因となる屋根の水分を吸収し、外に逃がしています。この技術をアロマに活かしています。

「いずれは、『清水瓦』を清水の誇るべき産業として、広く知られる存在にしたいですね」

そう意気込む、長澤玲奈さん。半世紀あまり前、大水に流されてしまった伝統の窯の火は、再び入ったばかりです。

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